(イチマンイッセンボンノムチ)

<テーマ選択ポイント>
 快楽を追うにはSもMもない。
 これほどの行為はSMの初心者の方には少し強烈すぎるかもしれない。
 ただ小説とは言えこういう快楽を追う世界もあるのだと・・・。
(せいじゅもSMの世界へ入るに当たっての、この小説によるところの変態プレイの影響は大きかった) 

<あらすじ>
 20世紀初頭、東欧、パリ、アジアを駆け抜け、ホモ、レズ、糞尿譚、獣姦、サド、マゾ殺人等ありとあらゆるエロスの極致が・・・。
 原作:ギョーム・アポリネール

<本>
 一万一千本の鞭 (角川文庫)
 著:ギョーム・アポリネール (角川文庫)
(注 本作品に映画がありません)

<参考:ギョーム・アポリネール>
(Guillaume Apollinaire 1880-1918)
 イタリア人を父、ポーランド人を母としてローマに生まれたフランスの詩人。
 ローマからモナコ、ニースと移りながら学校を出た後、20歳でパリに出てきて銀行関係の仕事につく。
 仕事の傍ら文学活動を行い、やがて25歳でパブロ・ピカソと知り合う。
 ピカソのアトリエで多くの芸術家と交流する。
 ここで27歳の時、画家マリー・ローランサンと出会い運命的な恋に落ちる。
 まだ画家として自立していなかったローランサンをアポリネールは励まし、助言し、精神面から芸術家としての力を開眼させていった。
 しかしローランサンはやがてピカソのアトリエのメンバーたちが熱心に描いていたキュビズムの絵に違和感を覚えるようになる。
 この恋は6年間続いたが、恋愛期間が長くなり、アポリネールとの関係もマンネリ化して別れる。
 これをきっかけにしてローランサンは精神的にも技術的にも画家として一人立ち。しかしアポリネールはどうしても彼女のことを忘れることができず、終生、彼女を慕い続けた。
 そしてこの別れから5年後、彼はスペイン風邪のため38歳の若さで死去、その枕元にはローランサンが描いた名作「アポリネールと友人達」が架けられていた。
 象徴主義にシュルレアリスム的傾向を加え、モダニズムの先駆となる。
 評論《キュビズムの画家たち》などで絵画,演劇の新傾向を擁護。
 「ミラボー橋」を含む詩集『アルコール』(33歳)では大胆な想像力により対象をリアリズムの秩序から解放、『カリグラム』(38歳)で詩型革新を試みた。
 ほかに短編集『異端教祖株式会社』、シュルレアリストなる語の最初のあらわれを見た戯曲『ティレジアスの乳房』等々。
 「一万一千本の鞭」は、デスノスやアラゴンの絶賛を浴び、わが国では渋沢龍彦がエロティック文学の最高峰のひとつに推薦している傑作であるが、当時は秘密出版された小説である。

<参考:ローランサン>
(1883~1956)
本名:マリー・ローランサン(Marie Laurencin)
 1883年 パリ生まれ。1893年 パリのリセ・ラマルティーヌに入学。1902年 女子師範学校の準備を止め、製陶所で磁器の絵付けの講習に通う。
 1904年 リセ・ラマルティーヌ卒業。
 画塾アカデミー・アンベールに入り、ジョルジュ・ブラックらと出会う。
 1906年 ブラックの紹介でパリのピカソのアトリエ「洗濯船」の常連となりピカソやマックス・ヤコブらと出会う。
  1907年 ピカソの紹介で詩人ギョーム・アポリネールと恋に落ちる。また、初のサロン出展を果たす。
  1909年 「アポリネールとその友人達?」を発表。
 1912年 パリのバルバザンジュ画廊において展覧会。アポリネールと訣別。
 1914年 ヴェッチェンと結婚し、スペインへ亡命。
  1922年 ヴェッチェンと離婚 1954年 シュザンヌ・モローを養女に。
 1956年 心臓発作で逝去

<本ブログ主宰 川口青樹(かわぐち せいじゅ)のお気に入り>
 主人公のプリンス・モニ・ヴィベスクと淑女(?)キュリキュリーヌ・ダンコーヌとの数々のお楽しみのシーン。

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参考:ギョーム・アポリネール『一万一千本の鞭』 (1907、仏)
   一万一千本の鞭
   アポリネール『一万一千本の鞭』
   「一万一千本の鞭」  ギョーム・アポリネール 
   若きドン・ジュアンの冒険