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 ジョン・ウィリーの拘束美

<あらすじ>
 1946~1956年アメリカ…ボンテージ・アートの先駆者ジョン・ウィリーは自ら発行した『ビザール』誌で、“拘束された女性の極限の美しさ”を追究した。
 編集発行人、イラストレーター、写真家、ライターと一人四役をこなしながら刊行した20巻―。
 本書はその10年間の掲載作品から、自由な表現を求め続けたJ.ウィリーによる傑作イラスト&フォト、興味深い読者投稿なども含め厳選収録した初めての日本版

<本>

 著:ジョン ウィリー 訳:船津 歩、 大類 信
 出版社:二見書房 発行年:1998年
(本作品に映画はありません)


<参考:ジョン・ウィリー>

 ジョン・ウィリー (John Willie 1902年12月9日-1962年8月5日)はアメリカ合衆国で活躍したフェティッシュカメラマンおよびボンデージアーティスト。
 本名はジョン・アレクサンダー・スコット・コッツ(John Alexander Scott Coutts)
(1946年から「Bizarre」を主宰)
 シンガポール出身で1930年代までイギリスで育つ。
 1947年か48年まではオーストラリアで生活しており、絵画の技術を身につけたのもその頃だとされる。
 1946年から1959年まで発行された「Bizarre(ビザール または ビザーレ)」を主宰し、ニューヨークで話題の人物となった。
 「Bizarre」はアービング・クロウなどのフェティッシュなカメラマンを生むと同時に、エネグ(ENEG)やスタントン(Eric Stanton)などのボンデージアーティストを輩出した。
 彼自身もボンデージマニアとして美麗なイラストストーリーや小説を発表している。
 その中でももっとも有名なのが「スウィート・グウェンドリン(Sweet Gwendoline)」のシリーズである。
 正確なデッサンにもとづくこのイラストストーリーは評判となり、多くの派生作品や後継作家を生みだした。
 一方で「Bizarre」に寄せられたウィリーの妻の告白文(多分にフェティッシュな内容を含む)がでっち上げであると告訴されるなど、経営に苦しむと同時に、テネシー州から起こったポルノ排斥の動きに押されたうえに、脳腫瘍を患い「Bizarre」をアービング・クロウにまかせ、イギリスに戻り1962年に死亡した。
(雑誌「Bizarre」)
 「Bizarre」はノー・ヌード、ノー・セックスを掲げ美しい女性の拘束された写真やイラスト、ストーリーを掲載した。
 必ずしも裸や性行為をあからさまにしなくてもフェティッシュなエロティシズムを感じることのできる購買層が熱狂、出版側も規制対象となるヌードを外した後にボンデージマグと呼ばれる類いの雑誌を刊行し、ボンデージというジャンルを確立させた。
(ウィリーの嗜好)
 女性の縛られる姿を好んだウィリーは、数多くのロープワーク解説のイラストを残している。
 またコルセットなどにより「蜂の胴」とも言われる細く締め上げられたウェストを好み、自筆のコミックでは、最後には胴が消えて無くなるまで細くダイエットする女性の姿がコミカルに描かれている。
 また、ポニーガールというテーマも好み、「The Magic Island」、「From Girl to Pony」という挿絵入り小説では、馬として使役される女性の姿を描き、同好の士を大いに喜ばせた。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

<本ブログ主宰 川口青樹(カワグチ セイジュ)のお気に入り>
 これらの絵や写真は、古い時代の日本のSM雑誌を見ているようだ。 

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参考ビザールコレクション
   奇妙な本棚 (ちくま文庫)